中学受験、高校受験を将来迎える親の皆さんが対象です
子供が大人になっていく過程で
さて、それではストロングの個人的な意見を述べていきます。
読み進めて違和感のある話もあるでしょうが、1つの意見として、ぜひ最後まで読んでくださいね。
フリー百科事典『ウィキペディア』の「いじめ」の項目には、以下のような記述があります。
詳しくは、フリー百科事典『ウィキペディア』の「いじめ」より→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81
いじめの自覚がなくとも、相手がその行為によって苦痛を感じれば、それは広義のいじめである。この点における意識の違いが現れたひとつの例として、海外に進出した日本企業におけるセクシャルハラスメントがある。
生物としてのヒトという観点から見た場合 遺伝学的に人間に最も近いチンパンジーにおいても 権力闘争・パワーゲームとしてのいじめが存在する。
と、こうあります。
社会全体が「いじめをなくそう」という動きはもちろん歓迎すべきことですし、これについてストロングも、もちろん異論はありません。
また、学校や先生が学校内での子供の生活の中で、いじめに目を光らせ、未然に、また起こってしまってからは、再発しないように動くのは当然の義務だと思います。
し、し、しかし、残念ながら、『ウィキペディア』も指摘するように、いじめは、
これも疑いのない事実です。目を光らせている場所ではなくなったりしますが、違う場所で行われていたりするわけですね。
そして、いじめは、学校だけでなく、社会に出てからも、残念ながら、ずっと存在しています。
最近では、トナミ運輸の串岡弘昭さんの話がありました。
串岡さんの話とは・・・・・
正義感から勤務する運輸会社のヤミカルテルを内部告発し、かつ勇気を持って自ら名乗り出た串岡さんは、告発以後、32年間、会社の草むしり、ストーブへの給油、雪下ろし、布団の整理など雑務のみ与えられました。
仕事らしい仕事は何一つ与えられず、手取り18万円のまま昇給昇格もない、名刺もない、会社の行事にも一切よばれない。
そのまま、2006年9月にトナミ運輸を定年退職されました。
串岡弘昭氏の闘い → http://www.nuclear.jp/~madarame/lec1/tonami.html
サラリーマン岩窟王 勝訴する→ http://www.interq.or.jp/pacific/getjapan/zankoku/ristra3.htm
これについては、皆さんも報道などでよくご存知のはずです。
串岡さんの例は非常に特異な例なのかもしれません。
内部告発なんかする串岡さんが悪いという意見の人もいるでしょう。
しかし、どうであれ、そこで公然と行われていたのはいじめであるとストロングは思います。
これほどムゴイものは数は少ないとしても、それに準ずる「いじめ」はストロングだって会社で見たり聞いたり経験したりしています。
そう、大人の世界にも当たり前にあるものなんですね。
だから、誤解を恐れずに言えば、日常的にいじめは存在するという前提を親はもっておくべきではないかとストロングは思うのです。
いじめのない世界を誰かに託してただ希望するのではなく、いじめは必ず存在するとの前提でそこからすべてのことを考えていく。
そして、もう1つ親が前提として考えておかねばならないこと。
それは、学校や先生などが起こっているいじめに対し、発見してくれる、もしくは、うまく対処してくれるはずという幻想は捨てるべきだということです。
これはなにも学校や先生を無能扱いするからではありません。
実際、会社などで起こっているいじめをはじめ、学校内で起こっているいじめに対して、たいてい皆自分自身に起こっていない限り、傍観者になっています。ストロングを含めてです。
いじめに対して、意見を言ったり、やめさせようとすれば、今度はそのいじめが自分に降りかかってくるという恐れがあるからです。
巻き込まれては大変だというわけです。
確かに一部の勇気ある人は、起こっているいじめに対して、敢然と立ち向かい、いじめをしないように動ける人も現にいます。
しかし、それらを誰に対しても望むのは酷だとストロングは思っています。大半は、そこまでは動けない。
これは子供だけでなく、大人も先生もです。
だから、学校や先生が何かをしてくれるとは最初から期待しないというのがストロングの意見です。
その上で、あとはそれにどう向かい合い、折り合いをつけていくか。
学校や先生に期待しないというのは、どうでもよいと言っているわけではありません。
そこには、何がしかの相談ができる方か、相談すれば、動いてくれる 方かなど見極める行動が親に必要だという意味です。
というのも、今回の事件において、こういう新聞報道がなされました。
深刻なのは1年生の時の担任の言動である。父親によると、男子生徒が自宅で見ていたインターネットの内容を両親が担任に相談したところ、後日担任が、その話をクラスで暴露したり、「うそつき」とからかったりした。その後、男子生徒に不本意なあだながつけられたという。
この記事をストロングはなにげなく読み流していました。なんのことだかわからないと。
しかし、週刊現代2006/11/4号で、この内容について詳しく書かれています。
これは亡くなった生徒のお母さんが直接話をされた内容です。
あの子が中学1年生の1学期の頃、何度か早退していたことを義母から聞いて初めて知りました。「早退してなにしているの」と義母に聞くと「インターネット」と言うので、息子の部屋にあるパソコンの履歴を見てみました。
するとアダルトサイトにアクセスしていたんです。私は息子に、「こういうものを見ることは悪いことじゃないけど、早退してすることじゃないよ」と言って、田村先生に息子がどう言って早退したのかを学校に聞きにいきました。
そうしたら、「頭が痛い」「熱がある」などと言って早退していたそうです。それで、「早退させないでください」とお願いすると、「わかりました」言ってくださいました。
「早退して何をやっているんだろうね」と聞かれたので、「インターネットでアダルトサイトを見ているんですよ」と言ったら、先生はニヤニヤして笑っていました。
そして、他の生徒の前でそのことを話したんです。田村先生は、「言いふらしていない」と言っていますが、他の子たちに聞くと、「クラスメートみんなの前で言った」と証言しています。
詳細については、週刊現代をご覧下さい。
くどいようですが、ストロングは最初に個人的な意見を述べると書きました。
今回の生徒が自殺した真の原因や犯人探しは、このメルマガの任ではないですから。
ただ、今生きている私達親が今回の事件をどう考え、どう子供たちに活かしていくか。
亡くなった生徒への供養としてできることは、それくらいしかないという思いもあります。
週刊現代の母親の話はたくさんの教訓を残してくれていると思います。
まず第一に、子供が大人になっていく過程で、必ず通る男子生徒であれば女性に、女子学生であれば男性への興味について。
そして、アダルト系の雑誌やインターネットサイトの閲覧について。
そういうことに興味を持つ恥ずかしさと学年とともに高まる欲求の処理についてです。
もしクラスで友人や同級生の前でこういう話を先生がしたとするなら、これは非常に耐え難い状態であったと容易に想像できます。
その話を聞いていた友人や同級生も同じように興味を持ち、またはアクセスしたに違いないでしょうが、おそらく亡くなった生徒に同調する子供はなく、自分を棚に上げて笑いのネタにしたことは想像に難くありません。
何を言いたいかというと、これらの「子供の性に対する興味」の大人や親の取り扱いについてです。
もちろん子供の性格にもよりますが、決して軽く扱う問題ではないんですね。
また、第2にこれらの話を誰にすべきか、誰に相談すべき、しないべきかについて、親は真剣に考えなければならないということ。
第3に、「ときどき早退している」ということが起こったときに、なぜそのような行動を取っているかの検証作業について。
この3つを母親の話を読んでストロングは非常に強く感じたわけです。
ここからは生徒の母親がどうしたかではなく、これら3つの点について私達は我が子に対してどうして行くかのストロングの意見です。
まずは、「早退」についてですが、こうした行動には何らかの原因があるはずというのは、すぐにわかるはずです。
例えば、学校でいじめられているから早退したいと考えることもあれば、人間関係で悩んでいる、勉強がわからないなどの理由で起こることもあるでしょう。
我が子が「ときどき早退している」のであれば、少なくともその理由を親はすぐに考えていくことが必要だということが言えるでしょう。
以前書きましたが、企業で起こるクレームはミスが重なったときに起こると聞いたことがあるという話を書きました。
1つのミスであれば、そこで止められれば、クレームにはならない。
が、「ミスしたことを放置する」という2つめのミスを犯せば、クレームになるということです。
子供のことでも同じだとストロングは思います。
なにかおおごとになる際には、そのサインを見逃している可能性が大いにある。
今回の生徒のこの早退がそうであるとは言えません。
しかし、教訓として考えるなら、こういうサインを私たちは普段見逃していないか?と今回の事件を通じて改めて考える必要があると思います。
子供がグレるという言葉をよく使うわけですが、グレる際も、子供がいきなりヤクザになったりはしません。
必ず段階を踏んでヤクザになっていくわけです。
そして、それらは必ず生活態度や格好になってまずは表れる。
そのサインを1つ見逃し、2つ見逃し、だんだんと親では手がつけられなくなるわけですね。これが第一の教訓。
もちろん、サインを見つけるだけでなく、なぜそういう行動になっていくかの理由についても考えなくてはいけないわけですが・・・・
これはストロング自身も親として、本当に見逃していないか?と言われれば自信はありません。
これについては、これから10年くらいの期間の間で結果が出るまでわからない。気をつけているつもりですが・・・
さて、もう1つの「性」に対する問題。
突然ですが、例えば、何人かの子供に聞いたことがある話として、夫婦の夜の営みについての話があります。
何の話かというと、これは夜の夫婦生活を子供が目撃するわけです。
こういうのに年頃の子供が出会うと、たいていの子供は動揺し、そして嫌悪感を抱くようです。
こういう話はたくさんの子供たちが経験することではなく、非常に聞く機会は少ないので、全員に当てはまるかどうかはわかりませんが、ストロングの知る限りでは、皆、かなりの嫌悪感を抱いたようでした。
けがらわしいと・・・・・
これは先に書いた子供の年齢が上がるにつれて興味が高まる感情とともにそういうことに興味を持つこと自体が恥ずかしいという感情の狭間に子供はいます。
その狭間にいる最中に親のそういう姿を見るというのは、非常に心をかき乱す要素になりうるということです。
そして、その後、子供は親の言うことを聞かなくなる、性について、野放図になるなどの現象が出てきます。
別に夜の夫婦生活を営むことは悪いことではないのですが、子供にはそういう姿を見られた後では、親の言葉に説得力がないというのが、子供の気持ちのようです。
子供もいずれ大人になります。親と同じようになっていく。大人になるということは、さまざまなものを失っていくことを意味します。
もちろん、それによって得られるものもあるわけですが・・・・
しかし、そうなっていく過程において、揺れ、悩むのが子供です。
今回の事件の生徒の話は、これとはまったく関係がないわけですが、性については、とりわけ注意が必要ということがわかっていただきたいがゆえにあえて書いた次第です。
アダルトサイトを見ているという話がクラスに伝われば非常に辛かったろうと想像します。
そういうものは多くの子供たちが隠れて目にしているのが現状ですが、それが友人同士の中ではなく、クラスで開けっぴろげの話になったとすれば、真面目な生徒であればあるほど、苦しかったはずです。
そこで、こういう話はよほど信用の置ける人物にでもないと話すべきではないとストロングは思うわけです。これが第2の教訓。
一歩取り扱いを間違えれば、本当に大変ですし、クラス、先生、そしてあろうことか親までもが非難の目で見ているような気になってしまう。
これらは隠れてコッソリ見るものです。見てはいけないとは言いません。
事実ストロングは人一倍興味があり、当時は雑誌でしたが、たくさん隠し持っていましたから。
年頃になれば、部屋に親が入るのを嫌がるのもそうした表れですし、それが見つかったときに嫌悪感というのは、誰に対してではなく、自分自身に向かっていくものだからです。
通常は見て見ぬフリをするか、もしくは、今回の生徒さんの母親の言い方のようにしか言えないはずです。
そういう意味では母親はとても優しいイイ言い方をされたと思います。
その上で、親はできる限りそういう雑誌、アダルト関連のインターネットサイトにはできる限り触れさせないような処置を講ずること。
それでも見ようとするものです、子供は。
ずっと監視しているわけではないのですから、それは仕方ない。本屋に行けば、インターネットを開けば、気軽に閲覧できる環境にあります。
見ようとしなくたって見てしまう場合もある。
ただそれはいいのです。
大事なのは、家庭や親は、そういうものにはできるだけ触れさせないという工夫や態度、ハードルを設けておくということですね。
都会では性行為を経験する年齢がかなり低くなっているなどと言われているわけですが、ハッキリ言えるのは、性行為を経験した後、集中して勉強できる生徒や勉強を頑張りきる生徒は数少ないといえるでしょう。
自分でコントロールして、制御できる子供は、そうはいません。それほど心の中を占領してしまうものなのです。
これは性教育をしないという意味ではありませんよ。
そうではなく、性に関する情報、もしくは性行為を親が認めてもいいと思う時期までは、できるだけ遠ざけるようにするということです。
どの年齢なったら認めてもいいのか? これはそれぞれの家庭の考えがありますから、それで決めたらいいと思います。
しかし、それまでは、親が一致協力して、遠ざける。
「隠れてコッソリ見る」のと「制約もなく見ることが許される環境がある」のは、天と地ほど違いがあるとわかってほしいのです。
また、コッソリ見るのと実際に性行為をするのとでも天と地ほどの違いがあるのです。
どれほど違うのかは、そういう過程を経験してきた大人である親しかわかりません。
それらを考えたとき、親が不在の友人の家に入り浸っている、不必要に友人の家に泊まりに行く、インターネットがフィルターがかけられることなく自分の部屋で無制限にやりたい放題で閲覧できる・・・・
これらは親がハードルとして機能していなければ、ドンドンエスカレートするものです。
歯止めがなければ、いくところまでいってしまう。
なにげに自宅においてある週刊誌。週刊誌には子供を刺激するものがたくさんあります。
それらをなにげに置いておく意味をぜひ考えてほしいと思います。
ストロングの時代であれば、それはインターネットではなく、自分の部屋にあるテレビが始まりでした。
テレビを部屋に置いておいて、1日に2時間までなどという決まりを子供は守ることはできません。深夜も見放題になる。そう考えておくことです。
子供を信ずる部分とハードルを設ける部分と線引きは難しいですが、触れさせたくないものが明確にあって、それに対してハードルを作るべきだというのがストロングの意見です。
もはや防ぎようがないのかもしれません。家庭の努力など無意味な時代なのかもしれません。
しかし、それでも親はやるしかない。そう思っています。
長々と書きましたが、デリケートな問題ですから、言葉を尽くしたつもりでも、誌面ですべて伝わったとは思いません。
が、ぜひこれを機会に ◆子供が発するサインについて◆性に対するかかわりについて◆相談する方へ、相談内容の選別について
考えるキッカケになれば幸いです。
生徒さんのご冥福を心よりお祈りいたします。合掌。
以上、今回はここまでです。最後まで読んで頂きありがとうございます!
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